相内眞子さん講演録

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▼ 相内眞子さん講演録

 

平成14年度 女性と男性の未来を語る研修会基調講演

「声を力に 力を形に~女性が政治に参画すること」

 

DATE 2003.2.1

 

講演/北海道浅井学園大学助教授  相内眞子さん

主催/北海道男女平等参画推進プラン胆振地区推進協議会

 

<講師プロフィール>

北海道浅井学園大学助教授、女性学・政治学専攻。国際基督教大学卒業、 ウィスコンシン大学マディソン校留学、北海道大学大学院博士課程単位取得、 北海道大学法学部助手、北海道女子大学専任講師を経て2000年より現職。

共著「アメリカ研究とジェンダー」、 論文「アメリカ政治におけるジェンダー・ファクター」、「フェミニズムと党派性」など。

 
はじめに 男女共同参画社会基本法のめざすもの

 

 

公的領域(政治)と私的領域(家族)は、いずれも人の生活にとって必要な領域だが、これまでは「性」によって分断されてきた。男女共同参画社会基本法は、これらを統合したという点で画期的である。

 

これまで、公的領域は男性、私的領域は女性に配分され、公的領域は私的領域よりも社会的価値が高いとされてきた。したがって、女性よりも男性の地位が上であるとされ、そうした男女の「性の序列」を当然のものとして受け入れていくメンタリティ=心性が、女性にも男性にも形成されてきたのである。日本国憲法で性の平等が謳われているにもかかわらず、「性の序列」に基づく差別的な慣行は、社会に存在し続けてきた。例えば、ボランタリーな組織でさえ、会長は男性、副会長は女性に割り当てるというような「性の序列」意識が、社会通念にさえなってきた。

 

基本法は、こうした社会慣行こそが男性優位の源泉であると指摘し、公的・私的両領域への男女の共同参画を求めている。すなわち、基本法4条では、慣習や社会制度が男女の社会における活動の選択に対して及ぼす影響を、できる限り中立的なものにしていく配慮が求められ、5条では、女性の政策立案・決定過程への参画の必要性が強調され、6条では、男性の家庭生活への参加の重要性が説かれている。さらに、8条、9条では、「男女共同参画社会」を実現するために、国と地方公共団体の責務が明記されている。

 

特に5条の背景には、女性の政治参加の少なさや、政治における女性の視点の欠如への反省があり、それは、「有権者の半分は女性なのに、政治家の大多数が男性なのは何故か」という素朴な疑問と重なりあう。地方政府の役割の多くは、行政サービスの提供であるが、財源をどのように配分し、どのようなサービスを提供すべきかの立案と決定に、女性がほとんど関われないのは、けだし異常といえよう。

 

政治学者のデビッド・イーストンは、「政治とは、稀少資源の権威的な配分である」と定義した。ここでは稀少資源を財源と読み替えてもよい。すなわち、政治には、財源を配分する際に、だれもがその決定を当然のものとして受け入れるだけの「権威」が必要である。だが、政治から一方の性が排除されている現状は、「権威」や「正統性」から程遠いといえないだろうか。政治における男女共同参画は、政治に「権威」を復権させる試みといえないだろうか。

 

 

 

1 議会になぜ女性が少ない

 

 

「女性展望」の最新号によれば、161カ国の議会の女性比率のランキングで、日本は衆院(下院)が7.1%で121位、先進国中最下位である。参院(上院)は15.4%で25位。世界の平均は14.7%だが、日本の平均は9.9%で1割にも満たない。

 

地方議会の女性比率は、現在6.6%で史上最高だが、都市部で高く、町村で低いという傾向を示している。それでも、地方議会の女性比率は確実に増え続けており、1995年と99年の統一地方選挙の結果を比較してみると、都道府県議会では、170%の増、市議会では134.2%、町村議会では146.8%の増となっている。政策決定機関の中に女性を増やしていくことが、男女共同参画社会基本法の精神に応えることになるだろう。

 

それでは、なぜ政治に女性は少ないのだろうか。以下、その原因として考えられるものを挙げてみよう。

 

性役割規範:「男は外・女は内」、「女らしさ・男らしさ」といった伝統的価値観に囚われ、「政治は男のもの、女はやるべきでない」という規範が女性自身の中に内面化されている。政治的能力に対する女性の自己評価が低いことに加えて、有権者間にも女性の政治的能力に対する偏見があり、さらに政党も、女性を候補者としてリクルートすることに消極的である。

 

政治的キャリア形成の困難:既婚女性の初出馬・初当選は、子育て後になることが多く、男性に比べて年齢が高い。地方議会で経験を積み国会に進むという、政治家としてのキャリア・アップの観点からは、年齢的に不利であり、政治をキャリアとして選択することが難しい。

 

家庭責任との両立が大変:議会外のインフォーマルな時間や場所で重要事項が決定されることもあり、家事を引き受ける女性議員の参加が難しい場合がある。アメリカのある州議会の調査では、女性議員の自宅は議会と距離的に近い「通勤」可能な地域にあり、家族と離れて住むことは少ない。家族に迷惑をかけたくないという、家庭責任を背負いながら議会活動を続けている

 

政党は女性候補の擁立に消極的:アメリカの調査では、政党が女性候補を擁立するのは、「女性候補」であることに特別のメリットがあると判断される場合である。日本では、例えば日本最初の女性知事となった太田房江・大阪府知事は、前知事(横山ノック)がセクハラ疑惑で降壇した後だったために、女性で清潔感をアピール、その政治能力に加えて、女性であることがインパクトを持った例といえる。また、現職の政治家である夫が亡くなった場合、妻が擁立されるケースもある。政党にとっては同情票が期待でき、選挙に勝つためにはとりあえず有効だからである。さらに、政党は、勝てる選挙区に女性候補を立てない、女性を支援しているというポーズを示すためだけに擁立するなど、女性に対して差別的なケースが散見され、ジェンダー・ニュートラルな候補者擁立方針を持つとは言いがたい。

 

女性の議会進出を阻むのは、女性自身や有権者の意識に加えて、女性の政治キャリア形成の困難さである。現状のままでは、議長・副議長や、委員会の委員長・副委員長になることは難しい。政治キャリアが積めなければ、「あの人は役に立つ」、「私達の声を政治に届けてくれる」という市民の認知度も低く、再選選挙はたいてい苦戦となる。悪循環なのである。

 

 

 

2 議会に女性が少ないことの問題性

 
近年、「生活者の視点」ということばを耳にする機会が多い。ところで、「生活者」とは、いったい誰を指すのだろうか。天野正子『生活者とはだれか』(中公新書)は興味深い議論を展開しているが、さしあたり、生産者に対して消費者、政治家に対して一般有権者・市民を生活者と呼んでいいだろう。

私は、日々の生活と接点を持つ濃度の高い人が、より「生活者」に近い存在であるとみている。日々の生活と接する濃度をはかる目安は、自分で自分を養う能力である。経済的に自立しているだけではなく、スーパーや市場に出かけ食料品や日常品を調達し、食事を作り洗濯もする。いわば日常生活との密着度と自立度を濃度とみているが、この濃度は概して女性の方が高い。すなわち、男性よりも女性の方が、より「生活者」に近い存在なのである。したがって、「生活者の視点を政治に生かす」ということは、女性の視点を政治に生かすことに他ならない。

ここで、「生活者」としての女性有権者が、政治についてどう考えているのかを、「女性のデータブック(1996年)」の統計結果をもとにみていこう。

1 「国の政策に国民の考え・意見が反映されていない」

女性 62.0%
男性 55・1%

女性の方が政治に対する不満が大きい。

2 「どの分野で女性の社会参加が進むべきか」(複数回答)

市町村議会  45.6%
国  会   40.7%
弁護士・医師 39.8%
役所職員   37.0%

女性が政治や行政に積極的に進出することを、世論が求めていることがわかる。

さて、ここで「ジェンダー・ギャップ」という重要な概念を紹介する。政治学では、ジェンダー・ギャップとは、どの政党を支持するか、どういう政策を実現させたいか、というような政治的な意見では、男女で違いがあることを意味している。

アメリカでは、通常、民主党と共和党の二大政党間で選挙が戦われることが多い。両党とも資本主義体制を擁護する政党であり、基本的に大きな違いはないが、女性有権者間に民主党を支持する傾向が顕著になっている。1996年に、現職のクリントン候補とボブ・ドール候補が争った大統領選挙では、女性の民主党支持が、男性を17ポイントも上回った。ブッシュ候補とゴア候補が争った2000年の大統領選挙でも、

このジェンダー・ギャップが注目された。アメリカの選挙では、投票行動においては人種のギャップが一番大きいが、ジェンダー・ギャップがそれに次いで大きく、選挙結果を左右するかなり大きな要因として注目されている。

米国の世論調査(1992年)によれば、必ずしも女性の権利や利益に直接関わる政策ではない領域でも、有権者間のジェンダー・ギャップが観察される。例えば、女性は男性以上に、国際紛争への米国の介入に反対し、環境保護の規制に賛成し、原発に反対し、貧困者や高齢者・失業者問題の解決に政府がより積極的な役割を果たすことを期待し、より厳しい銃規制に賛成する、などが明らかになっている。

議員間のジェンダー・ギャップも調査され、その結果、女性議員と男性議員の間には、それぞれ同性の有権者の政治的志向をほぼ忠実に反映したジェンダー・ギャップがあることが明らかになった。ということは、女性は女性を選出した方が、自分たちの政策課題が議会でとりあげられ解決される可能性が高いということになる。このことから、アメリカでは、「女性が女性をサポートする」という考え方と運動が起こった。女性有権者は女性候補や女性議員を支持する方に積極的な意義を見出したのである。それでは、選ばれた女性議員は、真に女性の利益を代表するといえるのだろうか。

女性議員が女性有権者の権利や利益を代表するような議員活動を行うためには、いく
つかの条件が必要だが、とりわけ重要なのは、議会における女性議員の数である。日本の地方議会は、女性議員が一人か二人、また多くても一割に満たない例が圧倒的に多く、女性は少数派で孤立しがちである。こうした女性議員を支える力は、むしろ議会外の女性有権者のサポートである。女性たちが日常の問題を政治争点化し、議会における男性優位に異議を唱え、女性議員の活動を支持することで、議会は変化するだろう。

アメリカの州議会の比較調査では、女性比率が高い議会ほど、保育、教育、健康、退職といった人的サービスに関わる福祉政策が提案され成立する確率が高いとされる。女性比率が比較的高いコロラド州議会(女性比率:下院33%、上院20%)では、女性議員による新規提出法案の47%が教育、家族・子ども関連であり、男性の13%をはるかに上回る。また、女性関連法案は女性議員が提出する方が成立しやすく、さらに不成立となった場合もその再提出率が高いことから、女性議員は女性関連法案
を成立させるための努力と熱意において男性に勝り、議会におけるジェンダー・ギャップを際立たせているといえよう。こうした活動を女性議員に期待するためには、より多くの女性を議会に選出していく必要がある。

3 議会に女性を増やすために

 

 

日本の選挙では、政党が候補者擁立に深く関与するが、アメリカでは、政党が候補者擁立に直接関与するケースは少なくなっている。政党の「指名候補」と呼ばれる公認候補は、有権者が参加する政党内の予備選挙の勝者であり、政党幹部が密室で候補者を決定することは難しくなっているからである。

 

州議会の予備選挙への出馬は、州による違いはあるものの、概して次のように進行する。あなたが女性候補Aさんを擁立したい場合、「Aさんに議員になって欲しいフレンドの会」といった組織を作り、署名を集める。公選職のレベルに応じた法定の署名数を満たしているかを公証人がチェックし、確認されれば、Aさんは予備選挙の候補者となる。予備選挙で勝てば、政党の指名候補として、今度は一般選挙で対立政党の候補者と競うことになる。ここで多数票をとれば議員となる。出したい人を候補者として指名する段階から、有権者が参加できるのである。

 

米国ではPAC(Political Action Committee=政治活動委員会)という活動団体がある。アメリカの選挙運動は、日本に比べて規制が少ないが、その分選挙に資金が必要となる。女性候補の場合も例外ではない。PACは、合法的な献金団体であり、特定の政策に対する支持を目的に有権者から資金を集め、有力候補に資金援助を行うのである。多くのPACの中で、女性候補に絞って資金援助するのが女性PACである。中でも、エミリーズ・リスト(EMILY’s List)は、連邦議会に出馬する民主党の女性候補への献金団体として知られ、92年には全PAC中最大の献金額を記録した。

 

既存のPACは、男性有力候補に資金を提供することが多いため、エミリーの支援で当選した女性議員は少なくない。アメリカの選挙では資金が多いほど当選確率が高いとされ、批判はあるものの、お金は必要なのである。PACの資源は献金者であり、女性PACの隆盛は、女性を政治に進出させようという多くの献金者の存在を意味する。候補者の選考といい、選挙資金といい、アメリカでは政党自体が候補者個人に関わる機会は少なくなっている。女性PACの中には、女性候補の掘り起こしから始めて、資金ばかりでなく、選挙に関わるノウハウのトレーニングを提供するところもある。政治に女性を進出させる努力は「草の根」で行われているといえよう。

 

一方、日本には、地方議会に女性候補を擁立し選挙を支援する「バックアップ・スクール」がある。これは、資金よりはむしろ時間と労働力を提供して、女性候補の選挙運動を支える組織である。地方議会には無党派で出馬する女性が多いため、「バックアップ・スクール」は彼女たちの大きな支えになっている。 また、赤松良子さんが代表を務める“WINWIN”が、国政レベルや知事選挙レベルで、女性候補への資金提供を行っている。2000年の衆院選挙では、4人を支援し3人が当選した。

 

 

おわりに

 

 

ところで、私たち有権者にとっては、女性を議会に選出することがゴールなのではない。議員の議会活動に注意を払い、議員を通して何を実現したいかを議会外から常に発信し、孤立させないよう支えていくことが重要になる。同時に、議会で何が審議され、どの議員がどのような立場をとっているのか、議会の審議プロセスを注視することも必要だ。そのためにも、議会を夜間に開催することも含め、より開かれた制度にしていく努力が求められる。

 

最後に、「党派性」の問題に触れておきたい。女性議員の連帯を阻む大きな問題だからである。たとえば、「選択的夫婦別姓法案」は、党派に拘わらず女性議員が一致して成立に努力して欲しい法案だが、女性議員間の連帯は必ずしも容易ではないようだ。党派を超えられないのは、再選のために、選出母体や支持基盤を失うわけにはいかないからだ。こうした時こそ、有権者が、女性の利益は党派を超えることを主張し、党派を超えて女性を支持するという強いメッセージを発信する必要があるだろう。再選にかかわる不安から、女性議員を解放し、女性の連帯を強化する機会を、私たち女性有権者が積極的に提供すべきではないだろうか。